カールス教会の音声ガイド

カールスプラッツに建つ、ウィーンのバロック様式の奉献教会

カールス教会
写真: C.Stadler/BwagWikimedia CommonsCC BY-SA 4.0

音声8分 · セクション 1/5:カールス教会へようこそ

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カールス教会 • セクション 1/5

カールス教会に無料の音声ガイドはありますか?

かんたん回答:はい。Mappuのカールス教会の音声ガイド(ウィーン、オーストリア)はブラウザで無料で使えます。5セクション、約8分の音声で、8言語に対応しています。内容は「ペストの時代の誓い」、「フィッシャー・フォン・エルラッハと、異なる世界を借りた建築」です。Mappuアプリでは、Walk Modeが移動に合わせて周りの場所を語り、追加の質問にも答えます。

カールス教会の地図

Mappu独自の地図です。OpenStreetMapに載っている周辺の道や入口も表示しています。

カールス教会の地図地図上のこの場所と、ガイドの地点を示しています。

カールス教会の音声ガイドの内容は?

  1. 01

    カールス教会へようこそ

    カールス教会:教会は、対抗宗教改革の指導的人物だった聖カルロ・ボロメオに献げられています。

    ウィーンのカールスプラッツに建つ、聖カルロ教会、カールス教会へようこそ。先へ進む前に、少し時間をとって眺めてください。神殿のような玄関廊、2本の高い円柱、そして大きなドームが、ひとつの構図にまとまっています。これほど独特な姿の教会は、ヨーロッパでもほとんどありません。教会は、対抗宗教改革の指導的人物だった聖カルロ・ボロメオに献げられています。ヴィーデン区と、歴史地区であるインネレ・シュタットのちょうど境目に建っているので、文字どおりウィーンの2つの地区の接点に立っていることになります。これから数分間で、その物語をたどります。ペストのさなかに立てられた必死の誓いから、教会に形を与えた建築家や芸術家たち、そして自分の目で探せる細部までです。約束として始まり、名所となった記念碑だと考えてみてください。

  2. 02

    ペストの時代の誓い

    カールス教会:建設工事は1715年に始まり、1737年10月28日にジギスムント・グラーフ・コロニッチュ枢機卿によって献堂されました。

    物語は1713年に始まります。この年、皇帝の居城都市ウィーンは、この街を襲った最後の大規模なペストの流行に見舞われました。その年の10月、皇帝カール6世はシュテファン大聖堂でひざまずき、誓いを立てました。街が救われたなら、自分と同じ名を持つ聖カルロ・ボロメオに献げる教会を建てる、という誓いです。この聖人は、ペストから守る守護聖人としても知られていました。疫病は1714年に収まり、皇帝は約束を守りました。新しい教会のために、建築の設計競技を告示したのです。建設工事は1715年に始まり、1737年10月28日にジギスムント・グラーフ・コロニッチュ枢機卿によって献堂されました。建設には全部で21年かかりました。資金は多くの人々から集まりました。世襲領の諸身分や多くの個人の寄進者が出資し、スペイン、ネーデルラント、ミラノ、イタリア、ボヘミアも資金を出しました。ひとりの君主だけでなく、帝国の幅広いネットワークが費用を負担した教会だったのです。この誓いは、今も建物の上で読むことができます。正面の破風の下に、金色の文字で詩編22編26節の一節が記されています。「ウォタ・メア・レッダム・イン・コンスペクトゥ・ティメンティウム・デウム」。「神を畏れる人々の前で、私は誓いを果たそう」という意味です。これこそが奉献教会のしるしです。

  3. 03

    フィッシャー・フォン・エルラッハと、異なる世界を借りた建築

    カールス教会:円柱の浮き彫りは、ヨハン・クリストフ・マーダーが、ヨハン・バプティスト・シュトラウプやヤーコプ・シュレッテラーとともに彫りました。円柱の上の鷲は、ロレンツォ・マッティエッリが1724年から1730年にかけて制作しました。

    この設計を手がけたのは、バロック期ウィーンの皇帝様式の巨匠、ヨハン・ベルンハルト・フィッシャー・フォン・エルラッハです。カールス教会は彼の最後の教会建築で、宗教建築の代表作とされています。ウィーンで最も重要なバロック教会と呼ばれることもよくあります。この教会がこれほど独特なのは、実に多くの発想をひとつにまとめているからです。玄関廊へと続く正面中央部は、ギリシャ神殿の柱廊にあたります。その両脇には、ローマのトラヤヌスの記念柱に着想を得た、独立した2本の円柱がそびえています。円柱の浮き彫りは、ヨハン・クリストフ・マーダーが、ヨハン・バプティスト・シュトラウプやヤーコプ・シュレッテラーとともに彫りました。円柱の上の鷲は、ロレンツォ・マッティエッリが1724年から1730年にかけて制作しました。この2本を、皇帝の権力の象徴である「ヘラクレスの柱」の再現と読む人もいます。フィッシャーは教会の完成を見ることなく世を去りました。父の死後、息子のヨーゼフ・エマヌエル・フィッシャー・フォン・エルラッハが計画を引き継ぎました。歩いてすぐのところにあるシュヴァルツェンベルク宮殿は、息子が1732年に完成させたもので、同じ一家の物語を石で語っています。ですから、ドームを見上げ、円柱に目を移すとき、ギリシャとローマと帝都ウィーンがひとつのスカイラインに溶け合っているのを見ていることになります。

  4. 04

    彫刻とフレスコ画と、生きた教区の暮らし

    カールス教会:ヨハン・ミヒャエル・ロットマイアが、1725年から1730年にかけて、ドームと翼廊のヴォールトにフレスコ画を描きました。

    ファサードの彫刻は、それ自体がひとつの物語を語っています。フランツ・カスパーは、階段の両側に2体の天使を彫りました。1体は旧約聖書を、もう1体は新約聖書を表しています。ジョヴァンニ・スタネッティは、破風に聖カルロ・ボロメオの像を制作し、その上の切妻のいちばん高いところには、聖人の神格化の像をつくりました。内部では、画家たちが腕をふるいました。ヨハン・ミヒャエル・ロットマイアが、1725年から1730年にかけて、ドームと翼廊のヴォールトにフレスコ画を描きました。ガエターノ・ファンティは、ドームの基部と斜めに配置された礼拝堂に、建築の錯覚を描きました。祭壇画は、ダニエル・グランやマルティーノ・アルトモンテらによるものです。内陣のドームのスタッコ装飾は、1725年以降にアルベルト・カメジーナが、2人のフィッシャーの設計に基づいて手がけました。教会は今も活動している教区教会です。1783年に皇帝の保護教区になりました。1959年までは赤い星の十字架騎士修道会が管理し、それ以降は、ニーダーエスターライヒ州のゲラス修道院のプレモントレ会が担っています。今ではその音響を生かしたコンサートも開かれています。そしてもうひとつの物語があります。1933年、当時ヘートヴィヒ・キースラーと名乗っていた女優ヘディ・ラマーが、この教会の小さな礼拝堂でフリッツ・マンドルと結婚しました。ハリウッドの伝説は、ここバロックの祭壇から始まったのです。

  5. 05

    出発する前に

    カールス教会:その建築は、バーデン=ヴュルテンベルク州シュヴェツィンゲンの宮殿庭園にあるモスクに影響を与えたといわれています。

    先へ進む前に、少し下がって、もう一度全体の構図を眺めてください。柱廊、らせん状の浮き彫りをまとった2本の円柱、そしてその奥の大きなドームです。破風の下の金色の文字を目でたどり、ペストの年に立てられた皇帝の約束に思いをはせてください。それから、小さなものを探してみましょう。階段の天使たちを見つけ、次に破風の聖カルロ・ボロメオの像を見つけてください。彫刻家たちが、下の広場から読み取れるように像を配置したことがわかります。この教会は、人々の想像の中で旅もしました。その建築は、バーデン=ヴュルテンベルク州シュヴェツィンゲンの宮殿庭園にあるモスクに影響を与えたといわれています。街のほかのどこに、フィッシャー・フォン・エルラッハの構想が響いているのか、気になるかもしれません。すぐ近くのシュヴァルツェンベルク宮殿は、その問いを始めるのにちょうどよい場所です。

このガイドについて

6件の情報源をもとにAI生成。自動チェック済み、2026年10月29日に最終更新。 チケットと開館時間は公式サイトでご確認ください。 Mappuによる独立したガイドです。当該名所・施設およびその管理者とは提携しておらず、承認も受けていません。

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ここから歩いて巡る

ここはセルフガイド散歩コース「ウィーンのホーフブルク宮殿からベルヴェデーレ宮殿へ」の4か所中3番目のスポットです。約2.8 km、徒歩約40分で、ほかに約27分の音声があります。

ルート地図:カールス教会から歩いて巡る歩く順に番号を振った4か所のスポット。 スポット1:ホーフブルク宮殿; スポット2:ウィーン国立歌劇場; スポット3:カールス教会; スポット4:ベルヴェデーレ宮殿上宮.スポット1:ホーフブルク宮殿1スポット2:ウィーン国立歌劇場2スポット3:カールス教会3スポット4:ベルヴェデーレ宮殿上宮4
距離はOpenStreetMapの徒歩ルートにもとづく目安です。

目安のルートです。 歩くときは、周囲に注意して、交通に気をつけ、現地の標識やルールに従ってください。地図は補助であり、安全を保証するものではありません。 利用規約

  1. ホーフブルク宮殿

    約0.6 km · 徒歩約7分

  2. ウィーン国立歌劇場

    約0.9 km · 徒歩約12分

  3. カールス教会このガイド

    約1.4 km · 徒歩約18分

  4. ベルヴェデーレ宮殿上宮
写真の出典

Walk Mode(無料のMappuアプリ内):2時間で50クレジット(¥820(税込)のスターターパック)

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写真の出典

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よくある質問

無料のカールス教会の音声ガイドには何が含まれていますか?

「ペストの時代の誓い」「フィッシャー・フォン・エルラッハと、異なる世界を借りた建築」「彫刻とフレスコ画と、生きた教区の暮らし」を取り上げ、見学に役立つ背景知識と注目したい細部を紹介します。

カールス教会にはどのような歴史がありますか?

物語は1713年に始まります。この年、皇帝の居城都市ウィーンは、この街を襲った最後の大規模なペストの流行に見舞われました。その年の10月、皇帝カール6世はシュテファン大聖堂でひざまずき、誓いを立てました。街が救われたなら、自分と同じ名を持つ聖カルロ・ボロメオに献げる教会を建てる、という誓いです。この聖人は、ペストから守る守護聖人としても知られていました。疫病は1714年に収まり、皇帝は約束を守りました。

カールス教会のガイドの後、Mappuに何を質問できますか?

「1713年の皇帝カール6世の誓いは、どのようにして設計競技と教会の建設につながったのですか?」のような質問を続けて投げかけられます。ガイドの内容は地図や旅行プランとつながったままです。